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百姓をする理由

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なぜ、あなたは、百姓をやるのか?

最大の理由、それは、

「アトピーがでない、安全な食べ物を作りたい。」

そう思うきっかけは、私が27歳の時。
東京で仕事をしていたんです。その時、人生の転機がありました。

 

百姓なんてやりたくない、東京で仕事をしたい

私、高橋和克は、昭和59年3月 農家の長男として生まれました。
「農家の長男は、家を継いで、家の田んぼを継ぐもんだ。」
そう、祖父に教えられました。

祖父の時代は、長男が家を継ぐのはあたりまえの時代です。
しかし私は、農業をしたくありませんでした。

なぜなら、汗臭いし、朝早いし、汚いし、夜遅い。
親を見ていて、本当に大変な職業だとわかりました。

 

私は中学生の時に、朝4時半くらいから親父に起こされて、
せっせと肥料や農薬を田んぼに撒いてました。

目に農薬が入っては充血し、
口に農薬が入っては牛乳を飲んでいた記憶があります。

中学校が終わって、家に帰ってからすぐに田んぼに行くこともありました。
高校も、学校に行く前に、田んぼに行ってた時もありました。

また、高校3年生の時は、飼っている牛の世話も任されていました。
牛は生き物ですから、朝・晩のえさやりなど欠かせません。
拘束される時間も結構ありました。

もっと友達と遊びたかった、ゲームもたくさんしたかった。
親は休みがない。事実、親と旅行に行った経験は、一度もない。

友達の親はいいよなあ。。。お金もあって旅行にも行けて、、、
いま当時を振り返ると、そういう思いがあったことに気づきました。

 

めんどくさがりな自分には、百姓はできない。
家業と言われても、できればやりたくない。

私は、東京で仕事をしたい。
修学旅行でしか行ったことがない東京。

田舎の少年がならだれもが都会への憧れを思うはず。
それは叶わないと思いつつも、強く思っていました。

 

千葉で暮らした9年間

地元の大曲工業高校を卒業。
千葉大学の工学部に運よく合格できたので、
親に頼んで、なんとか入学させてもらいました。

千葉大学では柔道部に入りました。
千葉大の卒業式が終わってから、スーツでベンチプレスをやっていたほど、
柔道とプロレスが大好きでした。

まじめに勉強はしていたのかな??
とりあえず無事に大学卒業。

 

そこからいろんな方と仕事をさせてもらい、
27歳で秋田に帰るまで、千葉・東京で仕事をしていました。

仕事の内容は、インターネットを使って、
戦略的に会社の売り上げを上げる、マーケティングという仕事でした。

基本自営業でしたので、
いろんな経営者の方とお付き合いさせていただきました。

・某会社の売り上げを、戦略的に30倍にした経験。
・海外のホテル集客で、ゼロから人気No1ホテルにした経験。
・スリランカで宝石を掘る仕事をした経験。
・カジノのVIPルームで仕事をした経験。 など、

経営者の方との付き合いは、本当にいろいろ学ばせていただくことが多く、
ここには書ききれないくらい、いろんな刺激的な経験をさせていただきました。
また、本当に人間的にも多くのことを学ばせていただきました。

それはそれは、秋田では絶対できない経験や出会いだったと思います。

 

百姓をしたいと思った出来事は、ニンジン

お世話になっている国際弁護士の先生から仕事をいただいた時のこと。
「千島学説研究会という研究会の、広報をしてほしいんだよね。」

ぜひ!と、私は軽い気持ちでセミナーに参加させていただきました。

千島学説研究会の印象。

医者から見放された末期ガン、難病、重症アトピーを、
食事療法や代替医療で改善している事例を発表・討論している会

それが、私の印象です。
私にとっては未知の世界でした。

 

百姓 赤峰勝人さんとの出会い

赤峰さんは、千島学説研究会の講師して、お話をされました。

ガンやアトピーを改善していく中には、食事療法もあるわけです。
百姓の立場から、食事療法とアトピーに関して、お話をされていました。

話を聞くと、完全無農薬・無化学肥料で野菜を育て、
1万人以上のアトピー患者様を、食事だけで改善してきたそうです。

 

私も実家が百姓なので、興味があったため、真剣に話を聞きました。
印象に残った内容は、

・完全無農薬で、無化学肥料の野菜には、虫はつかないこと。
虫がつく野菜の特徴は、未完熟の堆肥を使用し、化学肥料を使っていること。
・野菜の生長は、月の陰陽で左右されるという事。
・アトピーの99%の原因は、農薬と化学合成物質という事。
・ガン、脳卒中、心臓疾患などの生活習慣病の原因は、食べ物だという事。
(食べ方次第で、小学生もガンになる時代だという事)
・今の食べ方では、子、孫、ひ孫と、子孫と、世代が続かない事。
・病気にならない生き方は、根本から食べ物を正すことだが、それは難しい事。
仮にもしできた場合は、多くの飲食関係の会社が倒産し、
多くの医者が廃業し、日本が大変なことになること。

その他、いろんな話をされていました。

赤峰さんが、「野菜を持ってきてるから見てね。」
とのことでしたので、完全無農薬・無化学肥料の野菜を見ました。
そこには、いろんな野菜があったのかどうかは覚えていませんが、
ニンジンだけは覚えています。

 

私の人生を変えたニンジン

率直な感想。
「これはすげえ。」

それは、私が知っているニンジンではありませんでした。

そのニンジンは、ぎゅっと身が引き締まっており、
例えれば、極限まで体重を絞った、腹筋がボコボコの、
まるでプロボクサーのような身体をしていました。

さらに、そのニンジンには圧倒的な存在感がありました。
樹齢何百年の、松の木のような存在感でした。

見かけはあまり大きくない、ちょっと土もついている。
いびつな形をしている。

しかし、身が引き締まり、圧倒的な存在感のあるニンジンに、
私は惚れ惚れして見入ってしまいました。

「すげえ・・・」

 

画像はありません。
写真をとっておけばよかったですね。

私は、赤峰勝人氏が作ったニンジンに惚れてしまいました。

そう思うと、スーパーで売っているニンジンはなんなのだろうか?
いつも見ているニンジンって、何??
いつも食べている野菜は、実は違うもの??

 

野菜に、命があるんよ

「このニンジンには、命があるんよ」
赤峰さんは、私に、そう話してくださいました。

命がある野菜なんて、考えたこともなかった。
赤峰さんの言葉は、深く心に刻まれました。

私は、赤峰さんと同じニンジンを作りたいと思いました。
しかも、本気で。

そういえば実家は秋田。家には田んぼも土がある。
すぐに土をいじろうと思いました。

今思えば、この時ほど、農家の長男に生まれて
ラッキーだと思ったことはありませんでしたね。

 

誇り高き、百姓の生き方

酒の席で、赤峰さんの隣に行って、
いろんなアドバイスをいただきました。

私は土もいじったこともないのに、1回も田んぼを耕したこともないのに、
「秋田の百姓です!」と言っている自分がおりました。
どの口が言えたもんだか・・・ですが。

「あんたも、百姓やけんね。本当に命ある食べ物をつくって、
アトピーの患者様が食べれるものをつくんなさいよ。」

「農業は「業」やけんね。お金儲けに走ると、いかん。」

「その結果がアトピーやったり、ガンやったり、
身体のいろんなところに悪影響が出るんよ。」

「人は、食べ物で、身体ができてるんよ。
だから、安心して、食べるものをつくんなさいよ。」

「百姓は、百の女を生かせると書くんよ(食べさせて生かしていける)」

「百姓ほど、最高の仕事はねえよお~。」

 

私は、赤峰さんと出会って、百姓に対する考えが180度変わりました。
これが、百姓という、生き方を感じました。

私は、この日から、農業という事を使わなくなりました。

 

27歳、はじめての土いじり

さっそく私は百姓に、挑戦することにしました。
小学生の時感じた、土の感触。ふわふわと、なつかしい感じ。

「いいなあー。」と、土の上にずっと座っていました。

正直な話、百姓で生計が立てれるのなら、ずっと土の上に座っていたい。
本当に、素直に、そう思いました。

 

赤峰さんからアドバイスいただき、初めて信念を持って、土を耕しました。
(今までは親に手伝っていたばかりで、自分でやろうという気はなかった)

初めて、野菜の種を買いに行きました。
いろいろ種を買い、ウキウキして植えましたが、
季節が違っていたり、土が悪かったり、うまくいきませんでした。

発芽しなかったり、発芽しても、なんか腑に落ちなかったり。
考えて、勉強して、またトライ。

単純に、種を植えて放置すれば無農薬の野菜ができるわけですが、
「なんか違うな・・・。」と思いつつ。

2015年の今現在も、まだまだ試行錯誤。
土に含まれるミネラルの勉強をしたり、土そのものの勉強をしたり、
地道に続けています。

 

命がある食べ物をつくりたい

私は、自分の子供、そして、近所の子供たちに、
命がある食べ物を食べてほしいと思います。

そして、百姓としての生き方を、
食べ物の大切さを伝えたいと思います。

赤峰さんから教わったように、今度は私が伝える番だと思います。

私には、子供が2人いますが、この先、孫が生まれても、ひ孫が生まれても、
私・家族・周りの大切な仲間が、できるだけ病気をせずに、
ずっと健康で笑っていれるように。

そんな、命がある食べ物を作りたい。

 

農薬が当たり前の中、無農薬で食べ物をつくること。
近所の人は、「それはいいことだ、頑張ってくれ。」とアドバイスしてくれます。

しかし、その心の中では、「本当にやるのか?できるのか?」
と、私を試しているのもわかります。

どんな社会もそう。
やらなければ、「あいつは口だけだった。」と言われて終わりです。

百姓は自然が相手。
すぐに結果が出るわけではありません。
当然うまくいかないことが多いわけですが、できるまでやり続けることと思います。

 

私は、本物の百姓である、赤峰さんから、
直接アドバイスをいただいている。

だから、今できなくても、いつかはできると思います。

そして、自分の子供を守ろう、地域の子供を守ろう。
秋田の農業を守ろう。もっと秋田をよくしていこう。

そのために、命のある食べ物を作り、
食育をしていかなければならないと感じています。

 

まだまだ試行錯誤

完全無農薬、無化学肥料での栽培は、難しい。
ただ単に、農薬をあげなければ、
野菜ができるものではないことがわかりました。

土が一番大事だと知りました。

私は、今、減農薬・有機肥料で、
こだわってあきたこまちをつくっています。

まだまだお客様に提供はできておりませんが、
完全無農薬でも米や野菜を作っています。

 

「アトピー?じゃあ、俺の作った米と野菜を食べてくれ!
食べ方も教える。絶対よくなるよ!」

そう、胸を張って、言える百姓になりたいと思っています。

 

若い人、一緒に頑張ろう!!

同年代の百姓は、はっきり言っておりません。
私が知らないだけかもしれません。

あなたも、機会があれば、赤峰さんが作る、本物の野菜を見てほしい。
命がある野菜って、こういうことか!と体験してほしいと思います。

そしていつか、私の作った野菜を見てほしい。

それでもし、あなたが心を動かされたのなら、
ぜひ自分でも野菜を育てていただきたいと思っています。

そして、あなたも食育を伝えてほしい。
あなたの子、孫、ひ孫、その後何世代も、ずっと子孫が続くような食べ物を。

 

最後に

親に感謝しています。
なかなか素直に言えませんし、親はホームページを見ていませんので、
せっかくなので書いてみました。

長男の、農家の後継ぎがほしいはずなのに、
「好きなようにしろ。」と、千葉の大学に行かせてくれたこと。

そして、東京で仕事をしていても、
「家に帰って百姓をしろ!」と言わずに放置してくれたこと。

結果、赤峰さんと出会って、百姓をする流れになりましたので・・・
まあ勘弁してもらいましょう。

 

あと1年実家に帰るのが遅ければ、後継ぎは妹に決まっていましたね(笑)
実話です。いやー危なかった。。。

 

そうそう。
いつもお世話になっている、近所の田中の父さんが言ってました。
「百姓は、毎年一年生だ。」

田中の父さんは、百姓歴40年くらいですかね~。
そんな方でも、毎年一年生と言ってます。
自然は毎年違うから、毎年違うやり方をしなければならない。

勉強になります。

まだまだ親の見習いですが、これからも精進していきます。
どうぞよろしくお願いいたします。

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